忘れない一言


 別にその後の人生に影響を及ぼすとか、そこでそれを言われなかったら、みたいな重要さがちっともない、些細な日常の一言なのに忘れられない一言、というのがある。


「平々凡々生きていければ、それでいいです」

 中学1年、進学の高揚感ということでは、このときが一番あっただろう。制服をきて、2個上の先輩はもはや大人と変わらなかった。
 新しいクラスでの自己紹介。日本の学生的抑圧というか、基本的には前向きなこと、薄まりに薄まった陸軍的見解みたいな、ともかくポジティブな明るい新生活に対する気持ちを述べるのがほぼの定例文だった。
 上の言葉は、その時だった。小学校も同じだし、ちょっと地味な子達の派閥にいるような感じで話したことはないが知っている女子から出てきた。クラスのおちょうし者のギャグでもなく、その時が一番クラスが笑いに包まれていた。
 僕は、ふつうに感心していた。ある意味の現実というか、こうやって普通でいることに開き直るのは勇気がいるからだ。上の抑圧でも書いたけれど、やっぱり誰もがスペシャル、「世界に一つだけの花」の時代においては、自分が何者でもないというのは、憚れる空気があった気がする。それは、いつかは気づく事実だったとしても、その時までは蓋をしているのが、世の若者たち処世術だったような。
 ともかく、彼女は僕らの空気を壊したし、休み時間も少女漫画に耽っている姿がカッコよく見えてきたのだ。希望や強い自我を持たずに、等身大で生きていいのかと。
 「そんな生き方もあるのか、まあそうか、そうだよな」と。