・パンが、まとめ買い用に冷凍し始めたら焼くのが難しい。カリカリのライ麦にしかならない。
・目玉焼きも、うまく焼けていないことを必死に隠しているような出来だ。というか、あの準白味みたいな、黄身にまとわりついているやつらを焼くにはどうしたらいいんだ。一生、フライパンを回している気がする。
・ズッキーニや野菜は、フライパンに全部が乗り切らない、つまり重なるぐらい量が多くなると途端に焼きが難しくなる。
これは学校の1クラスと一緒だなと思った。
こんなつまらないことを思いつくためにズッキーニも作られていない。
・ズッキーニを4本買ってしまったので、今週がずっとズッキーニの炒め物なのだが、こういうことは往々にして、何かを買うと、それを消費している間は、「俺は一生〇〇を食べ続けるのか」という気持ちになり、またそれを回避するためのレシピや技術も持ち合わせてない。むしろ、食べ終わるために、量は多くなり、毒もくらわば皿まで、である。あと、「ずっとズッキーニ」という変な韻の踏み方も気になる。
・パンを焼き、野菜を焼き、ソーセージを焼き、目玉焼きを焼く。という単調な焼き作業、しかしながら、一応には見つけた短い時間で効率的に作れるパターン、これ意外に料理は無いのか。何か料理というか、新しい方法論みたいなのが作れるんじゃないか。ただ、料理をしたいわけでも、レシピ動画を見たいわけでも、特に探求をしたい訳でもない。つまり、料理のための朝食でなく、朝食のために朝食を作るだけで、ていねいな暮らしとか、そういう改善なりQOL的なアイデアが首をもたげてくるのが煩い。
・ただ、やっぱり単調になっている料理に新しいレシピが欲しくなっている。というより、焼く、以外の方法論が欲しいのだ。
・自炊、食事、片付けという非常に豊かな時間は1時間くらい使うので、この時間で、あの仕事ができたんじゃないかという自責の念にかられる。というか、ちょっと遅れる時がある。
・というか、自炊をしているからブログを書いたり本を読む時間が減っているという気もしている。しかし、これは自炊からブログを書くのに3時間必要なので、そういう生き方をするしかない。