映画『関心領域 The Zone of Interest』
https://eiga.com/movie/99292/
ぐったり疲れるけれど、誰か終わったあとに話せる人がいないとより疲れる映画。ひとまず色々な意味には気づけたが、なんだか気がつかないことも。ああはなりたくないね、という言うのではなく、僕らも彼らとは変わらないね、というお話です。
展覧会『法然と極楽浄土』
https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=2629
当麻寺の曼荼羅が圧巻で素晴らしかったが、この躍動感溢れる仏像たちも良かった。
また五百羅漢を狩野が西洋美術の手法で描いており、現在では中々見れないアグリーコンシャス感が面白かった。

徳川家にとって、江戸の菩提寺が増上寺なら、京都の菩提寺は知恩院。ユニークなポーズの《八天像》は、その知恩院の所蔵です。
八角輪蔵(はっかくりんぞう:八角形の回転式の書庫)の下層部に配され、回転方向に向かって躍動感あふれる姿勢をとっています。
《八天像》帝积天像、持国天像、金剛力士像(阿形)、密迹力士像(吽形)康如・又兵衛等作 江戸時代 元和7年(1621)京都・知恩院[全期間展示]
ちなみに、これは踊っているのではなく、知恩院の
堂内の中央には5969帖もの宋版一切経が納められた転輪蔵が設置されていて、これを一回転すれば全部の一切経を読誦したのと同じ功徳を積むことができるのだそうです。
http://www.kyoshri.grats.jp/tr0422.html
という大きな回る柱?を回している様子とのこと。
展覧会『大吉原展』
https://daiyoshiwara2024.jp/
人が多すぎて、あまり見られなかったが、ここまで吉原が大きな産業だったとは知らなかった。
蔦屋(あのTSUTAYAがネーミング由来でもある)という希代の出版プロデューサーがいたのもこの街だった。歌川喜多八などがパトロネージされたのも、こういう関係なので、いわば性風俗が文化をつくったいた時代なのだろう(この辺はメディチ家と比較して面白いかもしれない)。日本文化は、いつまでも庶民のもの、つまり社会の余剰であって、金が天下の回りものならば文化は天下の外れもの、なのかもしれない。
しかしながら、当然の時代的配慮として、序言にはこう記されていた。
。遊廓は、前借金の返済にしばられ自由意志でやめることのできない遊女たちの犠牲の上に成り立っていた、現在では許されない、二度とこの世に出現してはならない制度です。
一方で、江戸時代における吉原は、文芸やファッションなど流行発信の最先端でもありました。
そして、こういった制度の上に文化があったと、それは紛れもない真実だと。
では、現代はどうだろう。全てが綺麗な時代というのはない。ただ、その外れモノから生まれる文化はあるだろうか。「テレクラキャノンボール」なんかにはあったと思う面白さだったが、最近はどうだろうか。