考察編という形で1つにまとめたかったが、書いてみたら2つの性格のものだったので分けた。今回は、鑑評会とは関係が薄いようなこと。
最初の記事である「泡盛のフレーバーホイールを自作してみた」という言葉の伏線回収でもある。
鑑評会とは限らないが、お酒を飲んで、それを等しく判断しよう、表現しよう、そう思ったときに必要なのが、「フレーバーホイール」である。フレーバーホイールは、「うまい」「まずい」だけでなく、「どう」「どのように」という具体的な官能的な表現が可能になる表現のシートである。官能的な表現、というのは、例えば、「ナッツ」や「カカオ・チョコ」、「りんご」といったお酒を表す属性であって、それらを近い同士で繋ぎながら円環という形でマッピングしたのが「フレーバーホイール」ということ。
もちろん、この「りんごのような香り」「椎茸のような」とか「ナッツ香」とかの先には、「酢酸イソアミル」や「酢 酸フェニルエチル」のような具体的な香気成分があるのだが・・・こうなると専門的すぎて分からないというのが本音だろう・・。ただ、個人的には、梨の香り、といっても人それぞれにあるだろうし、そういった官能評価の曖昧さを廃する意味でも、プロとしてはなるべく成分の名前で会話したいと思っている。つまり、クオリアが各人で一致している保証はないが、少なくとも各資料により、基準となる香りが明確に表現されているので。
この議論は、数学的にはかなり親近感があって、要は軸をどこに、正確につくれるのか、そして、各成分同士の距離をどう測るか、という初等幾何の導入部分に似ているからだ(長くなるので、今回は省く)。
これはフレーバーホイールへの悪口というわけじゃないが、そもそもフレーバーホイールには色々と疑問があってあまり見てこなかった。
例えば、円環に要素をマッピングしたときに、もちろん近しい存在で隣あっていくのは理解できるが、その始点と終点が最終的に繋がるのは、ほんとか?ということ。柑橘の横に椎茸がくるけれど、そこだけ急に断絶してないかな?と。また、フレーバーホイールとしては、どんなお酒も表現できないといけないから、その官能要素はなるべく多くあるが、その当てはまるお酒は円環の各要素に対して、均等なのか?要素を均等に並べてはいるが、お酒の散らばりは均等でないなら、その密度が高いエリアをより詳細に説明できる、より掘り下げたポイントが必要ではないかと思う。例えば、ライチの香りはめっちゃ多い代わりに、スカスカのフルーツの例えが周りにあるなら、そのライチをより詳細にしていくほうがいいのでは、ということである。
とはいえ(これは後から思ったが)、フレーバーホイールで全てを説明するほうが無理があって、特に数値化や評価をするなら、ここに更に加わる何かがあってもいいなと思う。あくまで、「例える」ための参考表、みたいな形で。でも、そうするとホイールという形に意味はあるのか・・?オシャレ?
今回のような点数をお酒に対して与える以上は、官能的な表現と点数は可換でないといけないと思うので、飲んだ印象や感想を、共通する指標のもとで数値化する必要があると思った。その指標がまさにフレーバーホイールなるものだろうとは思うが、その基準を最初から既存のものを使うと、それがバイアスになる気がして、自分から作ろうとしたのであった。結果としては、まずは香りとしての4つの指標を作った(過去記事の香りAからDである)。
泡盛、という焼酎全般で言えるかもだが、「お米」に関する表現は、ちょっとマジックワードの便利さがあって、少し危険だと思った。つまり、全てに対して、当然だが、お米の要素はあって、つまり何も香りの要素を拾えていないときに、とりあえずお米に例えて逃げるというのをやりがちだからだ。これは自戒の意味でもあるのだが、お米の表現が浮かんだときは、ほんとにそうか?と考える必要がある(もちろん、本当にそうな時もあるだろうし)。
今回は、泡盛に対して、飲む前の「香り」を大まな方向として指標をつくった、その上で飲み口&余韻の残った印象を加える、という方向性にした。もちろん、このやり方故にこの点数という、大前提のバイアスは発生した。香りとして、ある程度評価しているから、つまりその香りの下で飲むという前提は、かなり影響を与えたと思う。「これは〇〇な香りだったな」と思いながら飲んだとき、その飲み口が同じ香りが、意外と全く違う香りがすることで、かなり点数が違う。スッと飲んでいたら、そんなこともなくシンプルに評価できたかもしれない。ただ、個人的には、やはりお酒の持っている香りをいろんな角度から味わうべきだと思っているので、やり方が大きく間違っているとは思わないのだが・・・。
他にも、気が付かされたことが多々ある。「官能的な表現と点数は可換でないといけない」とは、「こんな香りがして、こんな飲み口、こんな味だった」というものが2つあれば、等しい点数になるべき、ということである(これは、「そもそもテイスティングってみんなちゃんとやってるの?飲み手(笑)が直感的に「おいしい!」「まずい!」とかってやってるだけじゃないの?」という妄想的な当て付けが原因である)。ただし、仮にその香りを強弱で点数化しても、それが大きければ大きいほど良いってものでもないし、小さいとか、中ぐらいが良いってものにはならない。結果としては、他の要素とのバランスが肝要になる。かといって、バランスを保つだけでなく、時には大きなく何かに振り切った大味な存在も良かったりする。そういう意味では飲む順番の妙はあるかもしれない。だから、なるべく順列入れ替えにランダムに繰り返すのも必要ではあった。
要は、「りんご」の香り、「ガス感」は中ぐらい、「飲み口」は軽く、「余韻」は麹の香り、だとしても、それゆえに「美味しい」か「そこそこ」かという絶対的な美味しさは、結果として、また主観的な感情になってしまうという再帰的な状況に悩まされたのだ。なんか、スナックのママが言う「好きになった人がタイプ」に近い議論が起きている。
とはいえ、今の例文ぐらいに、味わいの要素をしっかり分析できれば、もちろん構造的に点数が刹那的&印象的なものにはならないようにできたと思う。
あとは「美味しい」と思うロジックをそれなりに作っても、そのロジック故に、そのロジックの「外にでる」美味しさもある。そして、それゆえ、美味しさ以上の評価をしてしまう時もある(これは一般層とプロ層のどのジャンルにもある問題だと思うが於いておく)。
同じ酒に対しても、「世間は良いとは思わないけれど、俺は美味しいと思う、流行るべきだ」という革新派と「こんなの誰も飲まないだろ、常識的に考えて・・」という保守派に分かれるのは自然なことだろう(これは仮に2人が全くクオリアを持っていたとしても)。まさに「香り系」のように、一昔前は「ロジック外」だったが、その外というが故に評価が集まり、そして、今はその官能的要素がホイール内部へ入ってくるという動きもある。
個人的には、バランスや香りの要素という大前提は大事にしつつもありつつ、敢えてそのバランスが崩れそうな尖った要素(逆に言えば丸めなかった要素)、それが伝統性や地域性と紐づいていて、まさにテロワールとして感じられる時、故にロマン、故に素晴らしい、として高評価にしたいと思っている。説明できるものが高評価なのか、むしろ、美味しいんだけど、説明できないような「景色」や「風景」を持っているお酒こそが真の評価されるお酒ではないだろうか。それらも一つのマジックワードだが、「経済は文化のサブカテゴリ、美味しさも文化のサブカテゴリ」というサモトラ柿崎さんの言葉を信じていきたい。
補足、というまとめ
結果としては、フレーバーホイールという官能表現群、に対して、点数化する為に大まかな方向性分類によって、より述語的に表現するというアプローチが、少し議論を対立させるにはズレているのは否めない。ただ、ズレというよりは、このアプローチから、より官能表現を豊かにするための質的・量的な構築をこれから考えていきたい。