舞台『メイクコンタクト』を観た

ゴールデン街での友人、平良くんの劇団の新作『メイクコンタクト』を観てきた。

幼少期に宇宙人と出会ってから宇宙人と交信する事に心を奪われているスクタ。

30歳を過ぎても
宇宙人への想いは消えていなく、コンビニでバイトをしながら、夜な夜な独学で学んだ方法で交信を続けている。

いつものように廃ビルで交信を続けていると、ミュージシャンのトビタ、野宿をしていたガク、自殺を図っていたオンナと出会う。

意気投合した4人は、ひょんな事からエジソンが残したと言われる宇宙と交信する機械の設計図を手にし、宇宙人と交信する為に奮起する。

宇宙にロマンを馳せる男女の
バカバカしすぎるヒューマンストーリー

https://stage.corich.jp/stage/374217

 幕開けが面白かった。
 目出し帽と黒子の間のような格好をした男が人形劇を始める。暗がりのステージがすでに組まれていて、ビルの屋上のようなイメージだろうか。素手が丸見えだったり、人形の取り替えがぎこちなかったりと、少し拙いまわしをしている。が、その寸劇が終われば、舞台は明るくなり、彼は人形を置いて、帽子を脱ぎ、語り始める。彼はずっとそこの屋上にいたのであった。人形劇は彼の幼少期のトラウマ体験でもあり、幼少期にUFOと出会ったころの再現であったのだ。要は、劇中寸劇でしかなかったものを、僕らが勝手に黒子の人形劇という別舞台を想定して見ていたという錯覚だった。ここが導入として非常に惹かれた。話はここから、あらすじにある登場人物との出会い、クライマックスとなる宇宙人との交信と進んでいく。



 舞台は2時間同じセットの屋上を舞台としている。新宿という場所(実際の上映地も舞台上も)、ゴールデン街で働いた作者だから、そして故に僕自身も、演じている4人にはリアリティを感じられた。
 話の中心としては、幼い頃の記憶が忘れらずUFOと交信しようとしているスクナ、つまりヤバいやつである。これが演劇だから、このヤバさについては触れないのは当たり前かもしれないが、新宿、とくに歌舞伎町において、こういったヤバさについては寛容というのは本当である。
エジソンの設計図を見つけた時のスクナが、映画『パプリカ』の島寅太郎所長よろしくで、完全電波系一人口上を語りあげていて、これまた素晴らしかった。
 しかしながら、ありきたりながらもスクナは交信機械をつくっている過程から、そもそもの友人という存在に気づき、UFOと出会いたいという欲望がそもそも友達がいなかった(=迂回された欲望の成就)という過去のトラウマを克服している物語の帰結は、分かりやすくも、ちゃんと話としてまとまっていた。
 またオンナ、女の子の名前がオンナというのも良かった。これは沖縄出身の作者からすると恩納村(オンナソン)から自然だろうが。彼女が、看護師をしながらもチャットレディで副業しつつ、ホストにハマるという、本当に歌舞伎町に「いるな〜」と思えるキャラクターで良かった。他にも、
・アダルト・性風俗に関わっていないことを誇りにする(側からみたら同族である)
・妙に仲のいいオネエがいる
・死にそうなおじいさんからお金をもらう
という”あるある”が良かった。
 終盤、ハマっている占いの術式(?)で雲を照らすあたりの演劇もこれまた電波じみていて良かった(このあとのツッコミとしては、「その力があれば、そもそもUFOも呼べるのでは・・」だったと思う)。


 

 4人は新宿歌舞伎町という、ただでさえ外れ物が集まる街の、さらにビルの屋上という外れた場所にいる。そして、4人には明確な生きる目標というのがない。
 「なろう系」と形容できようか。宇宙人に会いたいという一見、ハッキリした目的のあるスクナですら、根本的には手段を間違えている。2億回を超える彼の実験は、フロイト的には、少年期のトラウマを取り払う反復強迫の動作でしかない。トビタは、ミュージシャンの夢を追っているが、途中で歌を披露することもない。オンナはわかりやすく欠けた承認欲求を埋めるホストにのめり込み、結果、その資金を稼ぐために風俗へと足を入れている主体なき女性だし、ガクも、どうやら出生で苦労してそうだけど、悪い意味で自己開示ができていない、とりあえず日本一周をしたいというおバカな大学生そのものである。YoutubeやTiktokの「〜してみた」のように、とりあえずは、一旦夢をみてみて「〜してみよう」「〜になろうと思う」という仮組の目標を持つことが、目下のコミュニケーションと自身のキャラクター作りとして作用している。特に歌舞伎町においては、「歌舞伎町から如何に脱出する予定か」というのが戦略的に必要な時もある。
 だから、そもそもUFOを見る、という目的が実は、4人それぞれに弱い。「見れたら面白いだろうな」くらいの動機である。それは、そもそもの人物像がそういう現代的な立ち上がりに起因している。それが悪い、というわけではなく。とにかく、4人とも生き方が”今っぽい”のだ。
 もし、彼ら自身がそれぞれの夢に貪欲ならば、もっとUFOを見るという目的が彼ら個々人の夢にも直結してくるはずである。結果、夢を語るだけ、その過程を消費してダラダラと生きている。だから、劇中の缶ビールを飲むシーンは、間延びしたような印象でもあったが、だからこそリアリティがあった(ゴールデン街の深夜よろしくの退廃的飲み会を強調するのもアリではと思っていた)。
 

 首謀者スクナ、これに少し恋心的な応援をしたいオンナ、に対しては残り2人の動機や共感が弱かったかもしれない。ミュージシャンのトビタと野宿をしているガクは、その2人に対して、少しキャラクターや動機が寂しかったかもしれない。そういうこともあって、トビタとガクのやり取りが、少し笑いとしてピントがどこに合うべきか分からないところもあった。トビタはおせっかいだけど、良い人でもある。だから、良い人をいじるのは、一般的には良くない。だから、笑いは起こりづらい。
 もしかしたら、2人は狂言回しのポジションで特に動機もなく、話を前に進めるだけで良かったかもしれない。バカっぽいガクが「なぜなに」を鬱陶しく、みんなに聞き回るだけで、もしかしたら内面を抉りながらも話は前に進んでいく。あとは動機なきキャラクターならば、物語のロジックもそこまで強固じゃなくて良いと思っていて、つまりエジソンの設計図とかも「ヤフオクで買った」とかユーモア優先で良い気もした。

 しかし、決して新宿の舞台小屋ともいえる場所で空に広がるような想像力があった。UFOとの邂逅のシーンなどは、限られたリソースの中でうまく演出していたし、最後の歌のシーンは、無理矢理感ありつつも、上で述べたような向かい先なき若者の気持ちが全面に出てて良かった。何より、宇宙人との会話の終わりが、チャットへの課金が必要(=無料分枠の終了)という、どこまでいっても歌舞伎町という諧謔的なストーリーが良かった。